12月29号星期六(土曜日)ネットの個人情報保護を強化する決定

大掃除はまぁこんなもんで。
それにしても忙しい2012年でした。
ちょっといろいろと
ふり返ってみまして、
ここで結構言いたい放題でしたな、と
思うわけです。
一応、自分の思ったことを
なるべく率直に、
ただし配慮をもって、と
そんなスタンスでやっておりました。
まあ至らないところは
山ほどでしょうがね。
ブログだからそんなんで構わない、と
思っています。
ただ、これ、
実名じゃないからできる部分も
多々あるわけでして、
これが本人を特定することを
規定されたりすると
それはそれは書く内容に
これまで以上に気を遣わなければならない。

さて、なぜこんな話かといいますと、
全人代の常務理事で28日に
「关于加强网络信息保护的决定」
ネットの個人情報保護を強化する決定が
採択されました。
これは事実上、
ネット利用者の匿名性をなくす
ことにつながるようなんです。

これは歓迎する部分と
まったく歓迎できない部分と
いやはやえらいジレンマを
抱えることになりました。

まず歓迎することとしましては、
誰がどのようなことを
考えているのか、
つぶさに理解することができる。
要は敵か味方か分かりやすい、って
ことです。
歓迎できない部分。
これは世間的な懸念と同じ。
発言の委縮につながります。

さぁ、どうするか?
多分ですよ。
これが中国のスタンダードになると
より一層古典的素養が
必要になると
わたくし予想しています。

本人の発言ではなく
古の聖人の言を借りるという
スタンスにして
分かる人にだけ分かるように
批判すると思います。
過去においてもそうでした。
面と向かった批判は
処罰の対象となりましたが、
言葉それ自体には罪なしという発想です。
また、自然発生的な歌謡なども
歌った者には罰はありません。
作者不明のままが普通です。

もう少し様子を見てみようと思います。
と言うわけで、
今年はこれにて。
また年明けにお会いしましょう。
过新年快乐!

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12月28号星期五(金曜日)大掃除

年末ムードがいっぱいですね。
年が改まり良い一年が
迎えられるよう、
さあ、大掃除!

「掃除をする」は
打扫(dǎsǎo)」や「扫除(sǎochú)
などを使います。
大掃除なら
「大扫除」です。

この「扫」は「掃く」という動作。
ほうきは「扫帚(sǎozhou)」と言います。

「把屋子打扫干净」
「部屋を掃いてきれいにする」

こんなときは「把」を使った
処置文の使い勝手がよいですね。
「用」を使った前置詞文も便利です。

「用抹布擦窗户」
「雑巾で窓を拭く」

「抹布(mābù)」は雑巾。
拭くは「擦(cā)」が一般的。

「把厨房收拾干净」
「台所をかたづけてきれいにする」

「厨房(chúfáng)」は台所
「收拾」は整理する、かたづけるの意味。

それにしても、
かたづけ下手なわたくし。
毎年毎年、
これはほんと億劫です。
始めるまでがほんとに
面倒で、ついつい後延ばし。
始めちゃえば徹底してやるので
終わったら結構爽快なんですけど。
でも、なかなか始められない。

今回は仕事の山が
文字通りの山を築いているので、
さらに億劫。
さて、今日中に登頂できるだろうか?


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12月27号星期四(木曜日)~すればするほど…

いろいろとあった締め切りのなかに、
来年度の教科書選定というのが
ありました。

毎年毎年、
これにはほんと悩まされます。
学校によっては
全学共通の教科書、ってところも
ありますが、
わたくしが出向いている大学の一つは
これを担当者が決めなければならない。
これがきついんです。

今年度と同じでいいや。
と思って決めると、
決めるときは楽ですが、
結局同じことの繰り返しで
うんざりすることもあったり。
さらに、
この話しましたっけ?
って感じで用意しているネタが
ごっちゃになってしまう。
「先生―、その話聞きましたー」
って言われると
渾身のネタを披露したつもりで
すべったと思われたのではないかと
赤面してしまいます。

と言うわけで、
替えられるなら替えたほうがいい。
すると今度は別の問題が。
来年度の学生さんが
どんなタイプかわからない。
未来を見通すことができるわけで
ないですから、
授業のイメージが湧かない。
教える項目はまぁ
似たり寄ったりですから
それはいいとして、
どれだけこの教科書で
中国語を好きになってもらえるだろうか、
と、あーでもない、こーでもない、と
悩むんです。
そして、毎年
各出版社さまから多数の新刊を
頂きます。
採用するのは一、二冊ですが、
数社数十冊の教科書の山が
築き上げられます。
もう置き場が無いです。
採用しなかった教科書の
行く末はあえて申しません。

越想越难(yuè xiǎng yuè nán)

なのです。
考えれば考えるほど難しい。
決めたら決めたで
教科書の細部を検討しますが、
これも結局授業になると
あっちが良かった…。と
なることもしばしば。
ほんと、難しいです。

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12月26号星期三(水曜日)それってどうなんだろ?

いやいや。
抱歉抱歉。
一応、生きてます。
あー、とにかくいろいろと
締め切り締め切り締め切りで
粉骨砕身でしたよ。
毎日更新は
別に決めていたわけではないですが、
一つ習慣を無しにしないと
全くもって回転しませんでした。
というわけで、
久々に更新しまっす。
ここでのテンションも
忘れてしまったっす。

この間、
日本はアジアの中において
目まぐるしい状態でしたね。
とはいっても
わたくし
締め切り締め切りで
世から目いっぱい離れていましたので
はっきり言って事情から疎くなっています。
このまま年内ブログおやすみしとこ、と
思っていましたが、
昨日の海江田さんの漢詩で
ちょこっと書いてみたくなりました。

こんなんでしたね。

臘月扶桑戦鼓鳴
寒天寡助計無成
将軍功尽万兵斃
粉骨砕身全此生

ご自身も解題されていましたが、
ま、そこはちょっと無視して
作者から離れた作品として見てみます。

臘月の扶桑 戦鼓鳴り
寒天助け寡(すくな)く 計 成る無し
将軍 功尽き 万兵 斃(たお)るも
粉骨砕身 此の生を全うす

まぁ、訓読するとこんな感じですね。
仄起りの七絶ですね。
押韻は下平声八庚韻(鳴・成・生)。
体裁はよく整っていると思います。
で、内容はと言えば…。

臘月十二月の扶桑日本
戦の陣太鼓が鳴り響いた
寒空のなか助けも少なく
作戦も成功することは無かった
将軍は手柄が尽き果ててしまい
あたら多くの兵も力尽き死んでしまったが
骨を粉にし身をくだき
この生命を全うしよう

ああ、そういえば
こう言っていた。
「私はどうなってもいい。」と。

この詩とセットで聞くと
「私(のこの身)はどうなってもいい」と
受け取ってもらえると思いますが、
「私は(この国が)どうなってもいい」とも
映ってしまうんですよね。
後者でこの詩を読むと
全くもって身勝手極まりない詩に
なってしまう。
他はどうあれ、自分は
生き延びてやる、ってことですね。
と言うわけで、
転句、結句はもう少し
配慮と工夫が必要なのではないかな、って
思ってしまった次第です。
少なくとも
一般の人々の命や生活を守ろうという
気概は伝わってきません。


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